2021年5月20日
旅の出会い
「TRAVELLING WITHOUT MOVING(移動しないで旅をする)」という名のラジオ番組をよく聞く。コロナ前からこのタイトルだが、いまや言い得て妙だ。過去の旅や音楽にまつわるリスナーからの手紙と、ナビゲーターのコメントが旅への渇望を刺激する。
私にも語りたい旅の出会いがある。大学三年の時、米国を大陸横断の列車に乗って、一カ月かけて四分の三周する一人旅をした。どこまでも続く薄茶色の大地を「荒野とはこういうものか」と、車窓から眺める以外にすることがなくなると、会話が生まれる。そこで出会ったご老人は私が日本人だと分かると、「戦時中、飛行機が日本に不時着し、助けられた。だから、恩返しがしたい」と、食堂車でサンドイッチをごちそうしてくれた。
また、ワシントンDCのホロコーストミュージアムの前では、あるご夫妻に出会った。お二人はポーランドの強制収容所に入っていたという。腕には当時、刻印された番号が残るそのおじさんが、にこやかに話した後に言い放った「ドイツ人は嫌いだ」という言葉の重みと、おなかがひんやりする感じを思い出す。
今、イスラエルとハマスの間の報復攻撃で市民や子どもが犠牲になっている。痛みは対立と憎しみを生む。これをどれだけ繰り返すのだろうか。平和への道のりは遠い。
NPO「ACE」代表 岩附 由香
(2021年5月18日の東京新聞・中日新聞夕刊コラム「紙つぶて」に掲載)